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歴史の街仙台・観光の街仙台>仙台62万石>二人の政宗

仙台藩祖「伊達政宗」の父、輝宗は、武勇に優れ伊達家中興の祖と称え

られる、9代当主大膳太夫政宗にあやかり、わが子が逞しく成長する願い

を込めて「政宗」と命名したと伝えられています。

このページは二人の政宗についてお伝えします。


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「伊達政宗」という名前で思い浮かぶのは、、多くの人が仙台藩祖、独眼竜の

伊達政宗ではないでしょうか?

実は、独眼流伊達政宗は、父である16代当主輝宗が、武勇に優れ伊達家の

領土拡大に功績があり、「伊達家中興の祖」と称えられる9代当主の伊達政宗

にあやかり、わが子が逞しく成長することを願って命名したと伝えられています。

二人の伊逹政宗は、9代当主を「伊達大膳大夫政宗」、17代当主(仙台藩祖)を

「伊達藤次郎政宗」と呼び区別されています。


室町幕府の威信が衰え、関東以北は実質的に鎌倉府が支配していた時代に、

室町幕府の3代将軍足利義満と従弟の関係(母親が姉妹)にあった大膳太夫

政宗は、鎌倉方に従わず京都室町幕府側として戦った「伊達政宗の乱」などを

惹き起しています。また、置賜の長井氏を滅ぼし、伊達家の拠点とするなど、

伊達家の勢力拡大に実績を残しています。


一方、藤次郎政宗は「独眼竜政宗」としてもよく知られ、幼い頃患った疱瘡(天

然痘)により右目を失明し隻眼となりました。

18歳で家督を相続すると、勢力拡大に奔走。人取橋の戦や大崎合戦などの窮

地を脱し東北地方の覇権をかけた摺上原の戦に勝利、豊臣秀吉や、徳川家康

に大きな影響力を持つ全国屈指の大大名になりました。

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