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仙台城は、伊達政宗が、関ヶ原の戦いの後、徳川家康の許しを得て築いたものです。

仙台城は、本丸と西の丸からなる山城で、当時の流行に逆らい天守台はあるが天守は築いていません。

結果として、この時代に比類のない堅城と謳われました。


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隅櫓

仙台城は火災や地震で建物や石垣の一部を失ったことは何度かありましたが、その都度再建されました。

明治維新の戊辰戦争でも仙台は戦場にならなかったため、仙台城は築城以来一度も攻撃を受けずに城としての役目を終えました。

明治になり帝国陸軍の東北鎮台が仙台城を司令部にし駐屯しました。

このとき本丸が破壊され、石と木が兵舎建設に流用されました。

太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)7月10日未明の、アメリカ軍による仙台空襲の時、B29から投下された焼夷弾にで、大手門、脇櫓(隅櫓)などが消失しました。

これらのうち、脇櫓(隅櫓)は1967年(昭和42年)に民間の寄付により外観復元され、現在では、唯一復元された建造物となっています。

伊達政宗



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支倉常長

脇櫓(隅櫓)の近くには支倉常長の像があります。

支倉常長は伊達政宗の家臣で、
慶長遣欧使節団を率い、ガレオン船サン・フアン・バウティスタ号で
月ノ浦からヨーロッパに渡航し、
ローマ法王に謁見したことで知られています。

また、帰国後は徳川幕府のキリスト禁教令により不遇の晩年を送りました。


土井晩翠


ありし日の大手門

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