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「杜の都」仙台は広瀬川や青葉山などの自然が残り、市街地にも
街路樹などの緑が豊かです。

この「杜の都」は東京都心から北へ約350キロメートルの場所にあり、
仙台の歴史は、伊達政宗が青葉山に仙台城を築いた頃から知られて
います。

街のいたるところには歴史を感じさせられるものもあります。


江戸時代の仙台の城下町は大手門からの大手筋と奥州街道を基準に町割が行われました。

町割りの基点とされた場所には制札が掲げられ「札の辻」と呼ばれていました。

辻の建物は、街道を通る人々に
仙台藩の威光を示すため四つ角の全てが城郭風の高楼の同じような建物であったとされています。

そして、この建物の1階部分は普通の商家と同じつくりになっていて、
豪商に貸し出されていたようです。

この町割の基点にある大町と国分町は城下町の経済の中心地・目抜き通りとなって栄えました。
この場所は、今は「芭蕉の辻」として知られています。

また、重罪人の公開処刑の刑場としても利用されていたようです。

建物は、明治期まで一部残っていましたが、火災で失われました。

今は、繁華街から少し離れた場所となっており「芭蕉の辻」の碑と「江戸六十九次」「日本橋迄九十三里」と刻まれた道標があります。





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仙台の街には、城下町の歴史を感じさせる町名が多くありましたが、戦後の街区の再編や昭和40年代からの住居表示整備事業に伴って、新たな町名に変更になりました。

江戸時代の城下町の中心であった大町や国分町など、一部の町名は
今も残っています。

仙台では、歴史的に由緒ある町名や通り名について活用を望む市民の声があります。

市民の日常生活の中では、道路の呼び名や町内会名として歴史的な
町名が使われ街の中で見かけます。

仙台の街を歩いていると町名に町と丁などがあることも気がつきます。
この違いを調べてみると、歴史上、城下町の町割には次のような決め事があったようです。
侍が住む道・侍町…
          「○○丁」(ちょう)
町人が住む道・町人町…
          「○○町」(まち)
主に寺社がある道…
          「○○小路」(こうじ)
「○○に繋がる道」との意味…
          「○○通」(とおり)
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